ペット

夏のかめすけ

03  卵を3個産んでました。目を離した隙に粉々にされてました。

 すだれを増やして日陰を増加させ、連日の猛暑対策を。照り返しを少しでも減らすために、すのこを敷いてみました。焼け石に水かもしれないケド・・・。

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なまちゃんの眠り

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夕暮れ、強い風が吹く中、墓地へ、なまちゃんを埋葬しに行った。雨が降っていたのだが、なまちゃんを埋葬しに行っていた間、何故か雨は止んでいた。なまちゃんを埋葬しに出かける時、丁度お父さんが帰って来たので、お父さんが穴を掘ってくれたので助かったし、お父さんも、なまちゃんの、お別れに立ち会えて良かったと思う、でも辛かったのか、なまちゃんの亡骸は一切見なかった。
爺さんと婆さんの墓の近くなので、なまちゃんの世話をお願いした、夕方で暗かったので、後日、正式に墓参りに行って、爺さんと婆さんに、なまちゃんを天国で一緒に遊んであげてとお願いするつもりです。
将来、お父さんとお母さんが墓に入る時は、なまちゃんの隣りに墓を建てる予定なので、いつかまた、なまちゃんと一緒に居られる時が来ると思うので、それまで、なまちゃんの世話を御先祖に、お願いしたいと思う。
今は暫く、なまちゃんとは、お別れだが、いつかまた会えると信じれば、なまちゃんが居なくても、寂しくは無い。
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 なまちゃんは無事、静かに眠る事ができる場所に埋葬されたみたいです。うちの田舎には土葬の風習があり、それでもうちの祖父母がこの土地での最後の土葬になるだろうと言われていたのに、なまちゃんが最後の記録をかっさらったみたいです。
 墓地は、母の家系の所有地にあるので、私も結婚しなかったらそこのお墓に入れるのかもしれないと、うっすら考えてみたりして…。
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 お墓までの道のりの、途中の風景。お墓はもっと高いところで、祖父母の墓は最上段なので、これの5倍は軽く見晴らしの良いところ。
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 なまちゃんの写真を部屋に飾ろうと、古い写真を引っ張り出してきたり。2001~2003年の写真しかなかった(=ω=)
 スクラップブッキングでもしながら、思い出を整理しなければと思うのだけど、埋葬に立ち会ってないせいか、まだなまちゃんが死んでしまった事を信じきれないというか、実感がわかない。
 帰省したとき、抱っこしたあの重みと、体温と、犬なのに猫みたいなニオイ(干した布団のような匂いが…)がした事を普通に思い出せてしまう。夢の中で会いに来てくれるかと期待したけど、こなかった。霊感0のせいか虫の知らせみたいなのもなかったし…。距離が遠いとダメなんだろうか。ちょっと寂しい。
 なまちゃんは誰からも大事にされていた。家の中で犬を飼うなんて!と、猛反対してた父が真っ先に陥落、自分の夕食のおかずの肉を分け与えたり、勝手にペソと名前を付けてぺーと呼んだり、一緒になって遊んだり。母は育児同様、厳しい躾と愛情あるこまめな世話、セピ子セピ子としょっちゅう毛玉を取ってた。兄はなまちゃん、なまちゃんと呼びながら、いじわるな事も結構やってたけど(高い所に置き去りにしたりとか)、何処に出かけるのにも連れていった。
 私は一緒に寝る係。母の所でうっかり寝ると毛玉取りと称した、毛むしり大会がはじまってしまうし、兄は寝てると意地悪して起こすから、ずっと抱っこしてるだけとか、寝てたら極力起こさないように気をつけたりとかする私の所に来るときは、本当に寝たい時だった。父親は寝相が悪いので、一度ヒドイ目にあったらしく(多分つぶされた)、寝る時は寄り付かなくなってたし。
 家族それぞれが、それぞれの役割で、なまちゃんを家族として大事にしてきたと思う。
 大きな怪我も、大きな病気も今までせずに、食べたい物を食べて育ってきた。ちゃんと幸せにできてたと思うけど、それでもまだもっと生きていて欲しかった。
 死んでからもなまちゃんは幸せでいてくれるんだろうか。死んだらいったい何処に行くんだろう。なまちゃんは寂しがりやだったから、少し心配。

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なまちゃんの命の選択肢2

 なまちゃんの命の選択肢は、家族じゃなく自然が決めてしまったみたいです。

 夕べは苦しそうだったけど、朝になってから熱もだいぶ下がり、水を自力で飲みに行くぐらいまで回復したという連絡がありました。これでご飯が食べられるようになったらまた元気になるかもと。とりあえず車の移動も耐えられそうな様子なので、夕方に点滴を受けに病院に行くという事になっていました。
 
 お昼に兄が、病院に行くためのタオル等の準備を1階でしてると、2階で寝てたなまちゃんが急に鳴いたらしい。2階に上がると、フラフラと階段そばまで歩いて来ていたので、トイレに行きたいのかと外に連れ出したら、そこでいつもとは様子の違う嘔吐。体が汚れてしまったのでお風呂場に連れて行こうとしたら、玄関先で失禁し、そのまま呼吸が弱くなって、12時16分に永眠。鳴き声は13分頃だったらしく、たった3分間の出来事だったそうです。
 帰省中、もう会うのは最後になるだろうから、いっぱい写真を撮っておけと言われたのだけど、自分が撮ったのが最後の写真になるのが嫌で、一切撮らずに帰ってきたから(=ω=)私が持ってる写真は、まだなまちゃんがピチピチ元気だった頃のばかりだ。
 埋葬は、将来うちの親が入る予定の墓のそばらしい。

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 うちの家族になって15年、私が一緒に暮らしたのはそのうちのたった3年だったけど、ちゃんとずっと覚えてくれてて、帰省した時はいつも私のそばで寝てくれてたなまちゃん。滅多に帰らないせいか、帰った時はずっとそばにいてくれてたっけ。もちろん今回も。

 なまちゃん、安らかに。

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なまちゃんの命の選択肢

 闘病中のなまちゃんの情報が、逐一メールで知らされる(=ω=)すごい苦しそうだと書かれていると心配になり、少し楽になったみたいだと書かれているとほっとする。メールチェックを何度もしてしまう体たらくです。

 なまちゃんの容態は、水を飲んでも吐くような状態で、私が帰宅した日からずっと食べてない状態。兄貴が仕事を休んで、ずっと付きっ切りで看病をしてるみたいだ。母が先に弱気になったみたいで、安楽死という選択肢がチラチラと出始めてる事が、メールの行間から見て取れる。
 んで夕べ、ついに直球で「このまま回復の見込みがなければ、日曜に安楽死させようと思ってるのだけどどう思う?」と・・・。やっぱ来てしまったかこの質問が(=ω=)

 私は命は自然の流れに任せる派なので、苦しさや痛みを抑える治療はともかく延命治療自体が余り望ましい事ではないと思ってる。逆に安楽死も、死期を自分たちの都合で決めてしまうのも良い事ではないと思ってる。でもなまちゃんは一度、延命治療で復活した経緯から、すでに自然の輪を離れてるような気がする。今になって自然に任せるという事は、一度死期をずらしておきながら、2回目は見殺しにしたような感じになってしまう。少なくとも9月に死んでいたら、吐きながらのたうつような今の苦しい状態はなかったはず。熱でだるいという以外は、苦しい事もなく死んでたはずだから。
 なまちゃん自身が何を望んでいるのか、離れている私にはわからないけど、そばにいる家族は何か察する事ができると思う。だからこうなったらまずは、なまちゃんが望むようにしてあげる事が第一で、もう死んだ方がマシというような痛みや苦しみが長く続くようなら、死なせてやるのも選択肢。それに家族が仕事に出ている間に苦しんで苦しんで、一人で死ぬよりは、なでなでしてもらって眠るように死ぬ方が心穏やかかもしれないと。
 動物は死期を悟ると、見えない所に行って死ぬというけれど、なまちゃんは野生の香りが欠片もなかったからなぁ・・・。死を前にして目覚める本能があるかも知れないしなぁ。

 何が正しくて、何が正解かはわからないけれども、延命治療をして長く看病し続ける事は、残された人が最後に”やれるだけの事はやった”という事で、死を諦める事ができる保険みたいなものだと思う。安楽死は必ず「もしかしたら翌日には治ってたかも知れない」というような、苦い後悔が残る。でも苦しみを持続させるだけの延命はお互い辛いだけだと思う。なまちゃんが本当に苦しくて辛そうなら、家族がその後悔を一生背負う覚悟で、楽にさせてあげるのも愛情ではないかと、返事した。命自体は消えるその瞬間まで生きようとするから、それを絶つのは激しく苦しいけども。

 メールには点滴を受けさせたいけど、お金が続かないので毎日は無理だという泣き言付き(=ω=)動物には保険がきかないのわかってるんだから、いざという時の病院代として最初から少しでも貯めておいてあげておくべきだと思うんだが・・・。お金がないから病院に連れていけないのは余りにも情けない話で、体が楽になる処置をお金がないからと受けさせないのは、一番ひどい選択肢だと思う。点滴で水分が入るだけでも十分、吐き気とかは楽になるはずだし。
 2万ほど振り込んで欲しいと来てたので、余裕をみて4万振り込んでおいた。お金をこまめに貯めておいて良かった。昔、ウサギを2匹飼ってた時に、闘病が必要になった時用にと、月に2万ずつ積み立て貯金してたのだけど、ウサギは2匹とも、闘病どころか病院に行く前に天に召されてしまったため、その貯金は火葬代以外は手付かずに残っているのだ(=ω=)あ、ハムスターの手術にちょっと使ったか。決めてた用途が用途だったから、動物たち以外の事に遣いにくくて。なまちゃんのために遣うのはまったく惜しくない。動物を飼っている間はずっと続けようと思ってた貯金だったので、カメ達が元気にいるおかげで、実はもう100万近くある(=ω=)

 東京-徳島という距離があるから、なまちゃん自身のためにはもう資金援助ぐらいしかできないので、私は気持ちを切り替えて、看病する側の心のサポートをしていきたいと思う。目の前にいないからこそ冷静に判断できる事もあると思うし。

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老犬なまちゃん

 うちの実家には、結構いい年齢の犬がいます。呼び名は”なまちゃん”。室内犬で、14歳になるか15歳になるかという感じでしょうか。
 
 叔母が犬を飼うと決めた時に、近所に住む妹であるうちの母に「犬とか飼うなら、一緒にもらってきたげるよ」と言いに来たのがきっかけでした。我が家はよく動物を飼う家庭で、犬もたくさん飼ってきたけど室内犬を飼うのははじめてでした。
 当初、父の反対はすさまじいものでした。「犬は外で飼うものだ」と、随分反対していました。しかしうちに来た”なまちゃん”のフワフワコロコロした姿を見て破顔一笑、元を辿れば動物好きの父のこと、目に入れても痛くないんじゃないかという家族で一番の甘やかし大王に。晩酌のお供の焼肉を小さく噛み千切って小さくし、熱くないようにふーふーと息を吹きかけ、箸で食べさせるという、まるで子供を育てているかのように。他のしつけに関しては、もちろん人間同様にとても厳しく(=ω=)愛情を込めて育ててる姿を見ると、「ああ、私も小さい頃はこうやって育てられてた(笑)」と、はしゃぐ両親を見て幸せな気分になったものです。

 名前は母と私とでセピアと付けたのに、家族はそれぞれ好き勝手な名前で呼び、父は”ペソ”、兄は”なまちゃん”、母と私は”セピ”と呼ぶような感じでした。時が経つにつれ、”セピ”は呼びにくくなり、”なまちゃん”が定着しました。でも保健所での登録名はセピア(=ω=)

 母の日課は4kmの散歩、もちろんなまちゃんも連れ出されていました。まだ小さいうちは、爪がなくなってしまって血が出るほどに歩き過ぎだったのですが、今思えばこの時、かなり強靭な基礎体力をつけたのかも知れません。姉妹犬である叔母の家に行った子犬は、猿っぽい顔をしてるという事で”モンキー”と名づけられており、ニックネームは”モン”でした。モンは甘やかされの方向性がまた違ってて、いつもおんぶされているという状態で歩いてるのをあまり見た事がありません。まるで、赤ちゃんを育てるように、愛情は注がれていました。

 そんなモンも数年前他界、原因は首に出来たために手術不能になった腫瘍による、頚部圧迫の窒息死でした。なまちゃんにも同時期に腫瘍が出来たけど、なまちゃんはお腹の表面という取りやすい位置だったため、手術で除去でき大事には至りませんでした。
 しかしこの時、今までモンをまるで赤ちゃんのように扱ってきた叔母は、少しおかしくなったらしく。この時はじめてペットロスという言葉を知りました。運の良い事に同じ頃にホンモノの赤ちゃん、叔母にとっての孫が生まれ、精神を病んでしまったとかいう話は聞かずに済みましたが。

 心配なのはうちの両親。これから介護の事とかお別れの事も覚悟しているようですが、実際その日が来たらどうなるか・・・。
 私は実家を出て10年近くになるのだけど、兄からは時々写メールが届きます。その時に書かれるコメントに「少し耳が遠くなってきたみたい」「車に乗るとすぐ吐くようになった」と、老齢の様子を伝えるものが増えてきました。

 私が実家に荷物を送ると、私のニオイがするのか、宅配便の箱をずっと嗅いでるとかの話を聞くと嬉しくなります。昔はずっと私と寝てました。でも昨年帰省した時、私が寝入るまではそばにいてくれたのに、ふと目を覚ますといなくなっていて、兄とか母のそばで寝てるのを見ると、なまちゃんにとって私は遠い存在になってしまったのだと、寂しくもなりました(=ω=)でも眠るまでそばにいてくれる優しさが心憎い。

 なんで今日こんなになまちゃんの事を思い出してしまうんだろう。
 来月にでもなまちゃんに会いに帰省しますかね。去年もなまちゃんに会うという理由で帰省したのはヒミツ。

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