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ドイツ旅行記その3

01

 ベルリン市街から離れた所のホテルだったのですが、広くて綺麗で設備も良かったです。やたらとパリっとした感じのビジネスマン風の人や、世界各国の上流階級みたいな人がたくさん泊まっていたので、なかなかすごいホテルだったのかも? ちょうどベルリンで、リウマチのお医者さんの世界大会みたいな学会か会合が催されていたらしく、あの人たちはみんな、お医者さんや研究者だったのかもしれません。
 リウマチは私の持病。うーん、なんかドイツに縁を感じる。

 ポストカードを補充したのですが、どうにもベルリンのポストカードは可愛い路線ではなかった。やっぱ東の白黒写真とか、風刺系だったり、抽象的なものが多くて。もう今から出しても帰国前にはお手元に届かないので、出すのは諦めてしまいました。無くしちゃったケルンのが可愛かっただけにorz ←まだ凹んでる

02  朝食。果物がたくさんあったので、欲張って取る。案の定満腹w 相方の方の写真を撮っていませんが、相方はハムチーズウインナーのたんぱく質だけで、皿に小山が出来てました。すごかったから撮れば良かったな・・・w
 黒パンはバターをたっぷりつけないと、酸味が強めで食べ辛かったかも。蜂蜜つけたい。

 そして朝には嬉しい報告がありまして、ICEの中にパスポート入りのバッグを忘れた人の下に、しっかりバッグが戻って来たということです。本当に良かったです!
 もちろんその後、全員が忘れ物をしないように慎重になったのは言うまでもありませんがw

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 この日はバスで、ベルリン観光。ベルリンといえば、ベルリンの壁。東西ドイツの時代は、さすがに自分も子供だったけど、壁崩壊の時のニュースは未だに鮮明に覚えてたりしますね。夜中なのに人々が殺到し、塀の上で知らない人同士で抱き合って、泣いて喜び合う姿は、すごく衝撃的でした。

 ドイツはかつて東西に分裂し、民主主義の西、社会主義の東になったわけですが、東からの亡命者が後を絶たないため、高い壁で囲ってしまい、出られないようにしたのがベルリンの壁の始まり。
 壁の厚さや高さは場所によって異なりましたが、どこも警備が厳重で、逃亡が難しかったようです。

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 ゴルバチョフ政権のソビエト連邦のペレストロイカ(民主化しようぜ!)がきっかけとなり、東西統一の流れになりつつある時代でしたが、まだまだ東西の分裂は続く予定でした。でも、旅行なんかで出る事に関して、許可を得られた人は規制を緩めようという事は決まったようです。それでも連日、何十万人規模のデモが行われてもいました。
 そして決議された「旅行での出国の規制を緩める」。 そういう発表のはずだったのに、シャボウスキーさんという職員さんが、決議の内容をよく知らない事もあって間違えまして、「東ドイツのすべての国民は、壁を含めて国境から出国できる」って言っちゃったんですよねー。
 記者が「それはいつからですか?」と質問した時、シャボウスキーさんはよく知らないから「私の認識では今すぐにです」って答えちゃった。これ、もしわざと計画的に発言してたらすごいのですが、当時の東の政府の実情からして、そういう裏切りをしたら相当ひどい目にあうはずなので、わざわざリスクを犯そうとはしないだろうから、やはり天然の発言だったのだと思いますw

 それが一気にニュースになり、西から「国境が開放された」と放送され、東ドイツ国民もその発表を知る事になり、国境に殺到。警備員もよくわからず、天安門事件の後だった事もあって武力で民衆を抑圧する事もできず、流されるままどんどんゲートは開いていき、やがて壁の上で東西の国民が肩をたたき合う、あのシーンになったのですね。

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 その日は西ドイツすべての酒場で、ビールが無料で飲み放題という、国を挙げてのお祝い。あちこちからドイツ国家の斉唱が聞こえてきたとの事です。

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 市民がつるはしを持って、寄ってたかって壁を壊したこと、東ドイツも撤去を決めた事もあり、壁は決められた場所にしか残っていませんが、壁だったラインがわかるように地面に線が引かれていたりします。

 残った壁は世界各国のアーティストやイラストレーターによるギャラリーになっていますが、西側の壁は落書きだらけです。どちらもベルリンの壁らしい、そういう印象でした。

13  壁を越えようとして、殺されてしまった人たちの記念碑(お墓じゃないよ)。最後の一人は20歳の男性。壁崩壊の数ケ月前だったとか・・・。名前がわかっていない人を含め、何百という人が命を落としている、悲しい記録です。

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 続いて、世界遺産のベルガモン博物館へ。館内1時間の自由見学でしたが、時間が足りない!もし二時間あっても足りなかったと思う!

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 これらの彫刻がすべて、かつては破壊され、埋められていたとは。失われる美術や文化を蘇らせたり、復旧するのが、やたらとドイツの人は得意なようです。かつて第二次世界大戦の際、戦利品として略奪されていたのですが、無事返還されたとの事。

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 ドイツの博物館や美術館って、よほどのことがない限り、ロープで近づけなくしてたり、ガラスケースに入れてという事がなく、本物の美術品が、歴史ある品々が、直にこの目で、しかも間近で見られるというのが、すごい魅力ですね。
 相方と二人、夢中になって見てたら時間が足りなくなって、集合時間ギリギリに戻る事になってしまいました;一番ビリでした。それでも全部、見られなかったんですよね~; 少なくとも半日はいたいです。
 ここの解説のイヤホンガイドが、すごく面白かったので、もし見学に行く方は、聞きながら見る事をお勧めしたいです。

11  連邦議会議事堂。今回は外観のみの見学でしたが、あの上の丸いドームの中に入る事も可能なようです。ただ最近はテロなんかの心配もあり、厳重なチェックを受けないと入れないんだとか。空港の手荷物検査以上の厳しさを感じました。

12  ここの芝生にいるスズメは、めちゃくちゃ人なつっこく、猛烈に近づいてきます。望遠使わずとも、このサイズで撮影できましたw
 そういえば、ドイツってどこもかしこもタバコの吸殻が捨てられてて、イメージと違ってビックリしました。タバコを吸う人が本当に多いです。お店の人もちょっと目を離すとタバコを吸ってるし、車を降りた人が最初にするのは、大抵タバコに火を付ける事だったり・・・。

14  ぽてぽて歩いて、ブランデンブルク門へ。

15  アメリカ軍の格好をした人と、ソ連軍の格好をした人と一緒に、門をバックに撮影が出来るようです。もちろん有料ですがw 3箇所ぐらいあったかな?この二人はすごいノリノリで、いろんなポーズのバリエーションを持ってましたよw お客が金髪美女の二人組みだった時は、抱きつかせたりしてましたしwwww

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 ベルリンは地名からわかるように、クマで有名なところ。
 町の中には至る所で、クマをモチーフにした物があります。

 デザインもリアルなのから抽象的なものまでバリエーション豊富で、そういうのを探して歩いても面白いかもしれない。

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 ベルリンは工事をするたびに地下水が出ちゃうらしく、こういう管が工事箇所付近にはたくさんあります。あまりにもたくさんあるので、ドイツ人に聞くと「ピンクの管にはシャンパン、青い管にはビールが流れているのさ」、なんて嘯(うそぶ)いたりするそうですがw 観光客は気になるようで、こうやってドイツの人に直接聞くらしいのですが、大抵はそういう嘘を教えられるそうです。
 現代美術の盛んなベルリンに、まるでモニュメントのようになってて、これはこれで良い感じですよね。この色をチョイスするというとこが、ベルリーナって感じ。

18  お昼ごはんの飲み物。黒ビールとベルリーナ・ヴァイセ。ベルリーナ・ヴァイセはシロップ入りのビールなので、普通のビールが甘くなったと想像しちゃうと、うえーーってなりそうですが、めちゃくちゃ飲みやすくておいしいです。赤い色のはラズベリーだとか、緑色のはミントだとかのハーブ系。ストローでビールを飲むと悪酔いするって話を聞いた事がありますが、そんな事はありませんでした。

 ちなみに毎回の食事の飲み物は自費なのですが、今回は昨日の「場所を間違えてしまったバス」の会社から、申し訳なかった、一杯お詫びに奢らせてくれ!という連絡があり、バス会社のツケで飲みましたw

19  お昼ごはんのメニューは、コンソメスープと、ロールキャベツとポテト、フルーツポンチ的なものでした。
 たぶん私がドイツで食べた中で、一番気に入ったのがこのロールキャベツだったと思います。コンソメで煮るか、トマトソースで煮込むか、ぐらいのレパートリーしかないので、いったいこれは何で煮込まれてるのか全くわかりませんが、おいしい!

20  続いてポツダムの方へ。ツェツィリエンホーフ宮殿。宮殿というにはちょっと大き目のお屋敷程度の規模ではありますが、ここはとても有名な所です。何で有名かというと「ポツダム会談」の会場。第二次世界大戦の戦後処理の取り決めなどが行われたので、実質的に戦争が終った実感の沸く会談とも言えるでしょうか。

21  ここって内部は撮影禁止なのですが、3€の撮影許可を取れば、フラッシュさえ使わなければ撮り放題です。なぜかツアーの面子でこの撮影許可を取ったのが私だけだったので、一人気まずく撮影しました・・・w
 そして私が撮影してると、撮影OKだと勘違いした他のツアーの人が、釣られてシャッターを切り出したりして。フラッシュを焚いちゃって、叱られてましたが・・・。

22  こういう調度品の数々を見ていると、やっぱ宮殿なんだなあと。シャンデリアも豪華でしたし。

23  こちらは外観も宮殿ちっくなサンスーシ宮殿。近すぎて全体像の撮影が出来ていませんがw 変わった名前ですが、こちらはフランス語。”憂いのない”という意味だそうで。フリードリヒ二世の夏の離宮です。あまりここに滞在したことはなかったんだとか。瀟洒という言葉がピッタリなデザイン。
 そしてこのフリードリヒ二世こそ、ドイツにジャガイモ食文化を広げた張本人。

 晩年は人嫌いで、可愛がっていた犬たちと過ごしていたそうで、遺書には犬たちと眠りたいとされていたんだとか。今はこのサンスーシの脇の芝生の所にお墓が移され、希望通り犬たちのお墓も並んでありました。
 そしてお供えされているのはジャガイモだったという。リボンがかけられたジャガイモがあったりしましたよw

24
 ここではたくさんの植物栽培がされていたようで、ちょっとした温室に南国の木が植えられてたりしたんだとか。こういう壁のところにガラス窓がついてて、冬は閉められているそう。方角がいいので、ガラス戸を閉めると、ちゃんと温室的になるみたいですよ。でも南国の植物って背が高くなるのが多いので、実を成らしたりは出来なかったのではと思ってみたり。

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 宮殿前には、フルート吹きの大道芸人が。
 宮廷楽師のイメージでやってるようです。
 
 日本人ってこういう大道芸に慣れてなくて、いつお金を入れてあげればいいのかわからず、ナチュラルにとおり過ぎちゃうと思うのですが、この方しばらく私達に向けて、必死に日本の曲を演奏してアピールしておりました。でもこういう所に来て、雰囲気の合わない曲を聞かされても・・・wという気がしないでもないですが、「チッ日本人はケチだな」とか言われちゃったので、1€入れて写真を撮らせてもらった次第です。

 だってねえ、曲が終ったタイミングで入れるのか、じっくり聴いた人だけが入れるのか、わからないじゃないですか。うちら前を通ってるだけだし!
 でも皆、笑ってコインを入れてました。ケチじゃなくてタイミングがわからないだけなんですよねー。帽子でも持って、近くをまわってくれたら入れやすいのに。

26  夕食タイムー。相方はビール。お勧めのビールがあると、確実にそれを頼んでいる・・・w 私はお酒がきつくなってきたので、ソフトドリンクを選ぶようにしていましたが、コレはなんだったっけ・・・。何かの100%ジュースなんだけど。黒スグリとかだったかな?肌に良さそうな味がしてた気がする。

27  トマトにモッツァレラチーズという前菜に、ミートボールのメインディッシュ、そしてアイス。

28  この日は最後に、小さめの日本人経営のお土産屋さんに立ち寄りました。この旅行で初めての行程上のお土産物屋さんだったので、全員がもう買う買うw 私もせっかくのベルリンだからと、アンペルマンっていう歩行者信号のマークのキャラのグッズを買ったりしました。
 相方はヘンケルスの包丁セットや、便利ツールセットなんかを手に持ってウロウロしてました。ひとつの旅で必ず1個のおねだりという事で、ちゃっかりこのクマを買ってもらいました。シュタイフの黄色タグのぬいぐるみって確か、洗濯できるんでしたよね・・・?長く可愛がれるかなあと、記念に。37€ぐらいしてましたが・・・。

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コメント

昨日、訪問できなかったので、2日目3日目と続けて読みました。
すっごい強行スケジュール!
こりゃ、毎晩、バタン→グーですねぇ。
海外は個人旅行ばかりしていたので、トラブルがあったときに、
添乗員さんってやっぱりいるなぁ~って思いました。
観光、食事など、詳しい説明がされてて読んでて引き込まれていきます。
写真、キレイですね…そのままポストカードなんかに使えそう♪

楽しい旅レポートを読み、羨ましくなっています。
ドイツいいですね♬

以前行ったトルコで食べたケーキがびっくりするほど甘く、頭痛がしました。

空の高さや色が 日本と違いますよね〜。

フルートで大道芸ってすごいですね〜。
でも…その格好でフルートなら フリードリヒ大王では!?
ドイツ人はすんごく好きだそうですよ、フリードリヒ大王。

↑トルコは確かにすごそうですよね…((イスラム教はお酒がダメな分甘いモノを老若男女とわずたしなむ(?)そうで 日本人的にはかなり拷問に近い甘さと聞きました…))
北米でのケーキはクリームがじゃきじゃき言う程砂糖が入ってました。無論 色は原色。オレンジ入りのケーキって言って 真オレンジ色で 砂糖の味…でした。

荷物 本日 発送しました。

ベルリンの壁、そういう経緯があったのですね。
恥ずかしながら知りませんでした(^-^;
シャボウスキーさんの天然っぷりも驚きですが、もしこれが計画的だったら・・・
法案なんていちいち通してたら何年かかるかわからないぜ!東西の国民よ立ち上がれ!!・・・なんて思惑があったら。
お主やるなあ( ̄ー+ ̄)ニヤリ

以前テレビでアンコールワットの修復作業のことをやっていたのですが、世界各国から修復に来るので、そこから国民性が見えてくる、という内容でした。
日本人はとても丁寧な仕事ぶりで、新しい石を使うときも周りに合わせて古い加工をしたりするんですが、他の国(中国だったかな)はもうバッチリここを修復しました!とわかる出来で。
技術の問題というよりは修復に対する考え方の違いみたいです。
ドイツの方たちも真面目そうなので日本人と同じくいい仕事しそうですね(・∀・)

私は歴史のことも世界史のこともさっぱりなんやけど、MACKさんの言葉で綴られた分かりやすい文章ならすっと入ってきます(*´ω`*)

私もMACKさんと同い年で中学生のリアルタイムでベルリンの壁崩壊の歴史的ニュースがあったなぁと

中学の卒業アルバムで三年の間にあった出来事に書いてあったなぁと

同じころには千代の富士引退とかもそのころでした

私は迷子になりやすく、ちょっと見慣れへんとこ行ったら不安で仕方なくなるのに、海外でそんなトラブルあったら頭パニックなっとるやろなsweat01

そんな中楽しんでるMACKさんが頼もしく感じます(^^)

あ、先導してくれる人がおったらついていくだけなので割と平気です←現金なやつ(笑)

ベルリンの壁の歴史、今更ながら知りました。(世界史好きじゃなかった)

でも何故ゆえ5年前に買ったビニールプリントのバック、いけてる姉さんとベルリンの文字が・・・今、気が付いた。 なんという偶然!!!

明日も読みますぞ。

MACKさん こんばんは。お仕事お疲れ様でした。

クマしゃんのぬいぐるみが可愛いhappy01
ダーリン様へのおねだりは、とっておきのクマしゃんでしたか~(v^ー゜)ヤッタネ!!

ダーリン様、包丁セットって。。。Σ(・ω・ノ)ノ!お料理する人ですか♪カッコE♪

teaさんこんにちは!

 本当に絵に描いたようなパタン→グー。古い言い方をするとバタンQ(昭和のかおり)でした。団体旅行に行って、二回目は個人旅行と考えていましたが、トラブルが多いとやはり、ガイドさんか添乗員さんが欲しいなあとw
 ただツアーで大人数で行動すると、結構冷たい目で見られますね。集団になると、オバサン達はうるさい上に広がって移動しますからねー;トイレとかも集団行動だと、一瞬で長い行列を作ってしまうので、かなりの頻度で迷惑がられました。
 団体だと不安はないけど、今白い目で見られてるなーって思う事も多かったので、5~6人のグループでガイドを付けるような、自由旅行のオプショナルツアー参加のスタイルが一番いいのかな?って思いました。

 写真キレイですかねー、うへへv

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まじゃこさんこんにちは!

 トルコも行きたい国の一つなんですが、トルコこそ甘いお菓子なんですね!どれだけ甘いのだろう。。。そういえばお茶に砂糖をドカっと入れたりするのもトルコでしたっけ?別の国だったかな・・・。
 甘い甘いといわれると、試してみたくなる・・・!

かこさんこんにちは!

 日本の秋の空に似てました。すごく高くて、天気もコロコロ変わりやすいし。
 フリードリヒ王コスプレだったのか!添乗員さんが宮廷楽師をやってるみたいですよーって言ってたので、信じちゃったw すごい陽気な人でした。もう観光地という観光地に、必ず大道芸の人がいて、動かない銅像コスプレとか、やたらといました。楽器を演奏してる人も多かったけど、フルートはこの人だけでした。

 かこさんの海外知識はさすが。やばい、砂糖じゃりじゃりのケーキも食べてみたいw 甘いのが得意ってわけでもないのに、どれくらい甘いんだろうって試したくなる、これが乙女のサガ。

 荷物到着しましたら、またメールしますー。
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なおちんさんこんにちは!

 うっかりさんのジャボウスキーさん、手に持ってた書類に色々書いてあったようなんですが、見落とししたりもしてたみたいですよ。よっぽど緊張していたのでしょうか。わからないならわからないと言えばいいのに。でも結果的に、世界的な奇跡が起きたわけですから、一番の英雄かも。でもあの後、ジャボウスキーさんってどうなったのかな・・・。
 気になって今調べてみたら、まだご存命でしたw 結構コロコロと主張を変えているようで、なかなかのコウモリさんだったみたいです。

 修復に国民性が出るのって面白いですよねーw中国の人は穴が埋まってればいいぐらいの意識でいそうです。ドイツの人は材料にもこだわって、元の素材を探してまで使うこだわりなので、日本人の上を行きそうです。日本人はもっと長持ちするようにと、新しい手法とかをうっかり使うイメージがw 壊れる前よりも良くなるように直しそう。

キャラメルコーンさんこんにちは!

 私も現地で勉強してきたようなものですがw中学生の頃だったのか、アレ。もっと世界に視野を広げていればよかったなあ。教科書以上のことを調べようともしてなかった時代でした。

 迷子属性の萌え乙女。私も迷子属性があるので、すごいヒヤヒヤでしたよーw
 一度はぐれるのも経験してきました。気がついたら追い抜いていて、なぜか前からツアーの面子が歩いてきたのにはびっくりしましたが。

nikonikoさんこんにちは!

 私も歴史を習いたて、みたいな^^
 イケてるお姉さんとベルリンの文字の組み合わせって、なんだかシュールですが、Tシャツにしろバッグにしろ、地名が入っている物って案外多いですよね。

 明日も読むのですぞ。

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くじらママさんこんにちは!

 クマさん、一目惚れだったんですー。クマのぬいぐるみを買ってもらうというのは、出国前から考えていたのですが、よりによってシュタイフに一目惚れしてしまって・・・。インテリア用の高級品に惚れなかった所を評価していただきたい。やっぱぬいぐるみは触ってナンボだなあと。

 ダーリン、包丁セットというか、高性能なツール類が好きな人って感じですね。料理は基本的にしないですよ。無職の時は教えて作ってもらってましたが、それまでは味噌汁すら自作できない人でしたからねえ。料理すること自体は嫌いではないようでしたが。
 私が使ってもいいのかわからず、私は未だに古い方の包丁を使ってますがw 古い方の包丁もヘンケルスなので。
 

忘れ物無事戻ってよかったですね!
乙女の頃は 歴史、地理好きっだたの今まで忘れていました^_^;
ドイツと言うと過って読んだ本、皆川博子の「死の泉」 第二次大戦中のドイツが舞台の長編を思い出しました 今では重く怖いテーマです(>_<)
私も行ってみたくなるような旅の写真、ヨーロッパの建築物は荘厳ですw
私はアルコールダメなのでビールがお茶か水代わりでは食事の時困るかな~
ヘンケルスの包丁は一生もんで旅の良き思い出の記念の一品ですね♪

マコさんこんにちは!

 海外で忘れ物をしたら、諦めなきゃいけないぐらい、ぱっと持っていかれるらしいですからね・・・。日本だと電車で寝ても大丈夫ですが、海外だと荷物を持ち去られても文句は言えないんだとか。それだけに、戻って来た事に2倍の感動です。

 ドイツの歴史も暗く重い時代がありますからね。でもそれだけに、現実というのはそういう物なのだ、という気もしますね。

 ビールが水より安い国ですが、ソフトドリンクも充実してました。100%ジュースはお店で絞ってたりする事もあって、すごくおいしかったです。

 ヘンケルスの包丁、まだ使ってないんですよねー。買った本人に最初は使わせてやろうかとw

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